【読者の声】

<文芸同人誌「澪 MIO」の同人展の会場風景。横浜市旭区民文化センター「サンハート」1月7日>
 小説、文芸評論、詩、書評、写真など個人と社会の表現者たちによる文芸同人誌「澪 MIO」の同人作品展が、1月6日(金)から9日(月)まで、横浜市旭区民文化センター「サンハート」で(相鉄線・二俣川駅隣)で開催されている。
 澪の会は、2012年から現在まで足掛け5年、8冊のになるのを記念して、メンバーの作品展を開催。市民に向けて、活動の成果を展示しているもの。
 会場はゆったりとした雰囲気で、活動の支援者や写真愛好家の見学者が、時間をかけて作品や著書を鑑賞していた。
 最近の文芸同人誌の動向として、同人メンバーの合評会だけでなく、もっと広く地元市民や文学愛好者に読者を拡げようという気運がでてきている。大規模なものとしては、「文学フリマ百都市構想」活動があるが、それほど動員力を持たない文芸同人誌が単独で小規模に行うのはそれほど多くない。
 「澪の会」代表で編集者の石渡均氏によると、「澪」の由来は「地表に降った雨が地下に溜まり、濾過されて源泉となり、川に流れそそいで、やがて海に到達し、船人の水路となる有り様を作品制作のイメージになぞらえて命名しました」という。
 「創作の始まりはたとえ木の葉から零れ落ちるわずかな滴であっても、いくつかの堰を乗り越え、やがては大海原に向かうのです。いずこへ流れ出ようとも、すべては作品を描いた作者の自己責任です」とも。
 メンバーは、各分野での気鋭の若手も含め、既に自作を公的な機関や、他の同人誌に発表したり、出版経験のある書き手で、二年間で四冊の同人誌を発行。この度、すべてのバックナンバーを電子書籍化(キンドル)しているという。

 そのなかで、展示会会場が、今回のように区民センターでは、物品としての販売行為ができない。しかし、購入希望者が出てくるはずなので、その対応策を石渡会長に聞いてきた。すると「展示作品のリストを記した購入申し込み書を会場のおいて置き、住所・氏名と購入したい作品を記入し、受付に渡し、後で送ってもう方法をとっていた。
  いわゆる役所の管理の会場だと、直接に売り買いができないので、このような方法もあるということだ。
《参照:映画評論「東京裁判」(石渡均)の現在的意義=雑誌「澪」第8号

 

(2017.1.7 暮らしのノートITO 伊藤昭一様)

 

 

 今回、創刊からの3冊を読ませて頂きました。一昨年、横浜のとある小さな映画館で、懐かしい俳優の顔ぶれが出演する「幕末太陽傳」を見ました。誘ってくれたのは、40歳入ったばかりの歴史好きの友人。私にとってはフランキ―堺も、女のバトル姿のあさましい、左幸子、南田洋子、高杉晋作は石原裕次郎…そんな皆さん姿が当たり前に映像を彩っていた時代があったことが哀しい記憶。その映画監督川島雄三監督の生きた時代と映画作製の秘話は興味津津でした。大城さんの詩、重い秒針やなにもない空間に抱かれて、僕はひそかに…は昨年喪った母や亡父と活き活きと昭和の時代を生きた日々と喪った今を、肉体のる日々と、記憶という魂の現身で回想に現れる今との心のさまよう私自身の現在を言い当てられたようで胸にこみ上げてきました。島田さんのスケッチと紀行文は楽しくて、お写真の笑顔とお酒好きのご様子が、映画に出てきそうな役者に見えました。これからも楽しみに読ませていただきます。

 

2014.2.21 横浜市在住 N様)

 

 

 

【暗渠】を読んで

 

 読み始めてすぐに「あ、迷っている」と思った。ここでいう「迷った」とは公一の日常のこと。それは、「歩道の真ん中で屈み込み、迷子になってしまった幼い自分を捜さなければならない~(P34)」とあるように、また、おじいさんの「迷路にはまったあげく、突然闇夜になってしまったみたいに~(P41)」など、『迷う』意味を味わわせる文章で、読んでいる者に行く末を不安げに見守る心情を自然ともたらしてくれている。

 

 定年退職を半年前に控えた公一の日常に去来しているのは、自立してから一度も振り返ろうとしなかった唯一の家族である父との繋がりを断ち切ってしまった後悔にも似た感情と、還暦を前にして衰えてゆく肉体がもたらす残された人生の使い方。公一には過去と未来、両方の時の流れを理解しつつも微妙に受け入れることができずにいる現在(いま)の日常がある。私が公一から「過去・現在・未来」という、それぞれの時代で、迷いに迷っている、それでもどうにかして答えを見つけ出そうと、自分の日常を正当化させようとしている決死の姿を読み取った。痴呆のおじいさんや、仕返しをしてきた教え子はすべて公一の迷った日常が呼び寄せた産物だと、私は思う。

 

 そして「月」である。この小説には月が公一の分身として、煌々と姿を現す。冒頭に「思い出は心を切り刻む」とある。私は、この「心」を月に見立てた。幼い公一の心は、哀しみにより満ち欠けする月のように少しずつ刻まれてしまったのではないだろうか。やがて月の存在を忘れることが公一の復讐となった。

 

 しかし、公一の心が満たされたとき、月は丸く聡明な満月となった。暗渠に蓋をしたのも、きっと月光に違いない。そう願っている。

 

 そして、「お母さん」は公一の母であって欲しいと私は思った。父と母の間に公一が挟まり、両手を繋いで、歩いて欲しい。月夜を。笑いながら。

 

 

 

【石蕗】を読んで

 

 戦時中の話を盛り込んだ小説は多々ある。私が最近読んだ近代小説では、田中慎弥の『夜蜘蛛』。そして痴呆した父親を題材にしているといえば、玄侑宗久『龍の棲む家』などを、今作を読んでいるうちに思い出した。しかし私の中で、この二つのテーマ「戦争」「父親」またはそれに基づくものは、けっして色あせることがなく、そのようなテーマから湧き出た話は、いつでも清冽な流れとなって自身の読書欲を満たしてくれる。【石蕗】も同じだった。どうしてこのような小説が好みなのかと言えば、きっと「戦争」にしろ「父性」にしろ私自身が何も知らないからだと思う。なので、【石蕗】の小説自体が私の知識になっているのだと思うし、知識を得ることができるという副産物があるためか、その読書体験が楽しいのだ。

 

 誠に勝手ながら、私は【石蕗】を、私小説という概念で読んだ。しかし、対象は一人ではない。過去から現在まで続く、親子四代に渡る私小説という見地だ。もっとこの家族にまつわるたくさんのエピソードが読みたいと思った。

 

 父よ、あなたが読んでいた文庫本を私にも読ませて欲しい。わがままな願いだろうか。

 

 

 

【第三号・巻頭詩を読んで】

 

 自分なりに、これは震災詩として読めるのではないかと思い、色々と想像しながら読ませて頂きました。「夜更けだというのに」で蝉が姿を見せ、「重い秒針」で、ふたたび蝉が登場したときに、おぉ、と思わず感嘆の声をあげました。私は、詩作に造詣がそれほど深くないので、新しい識能として、もっともっと詩を読んでみたいと思いました(蔵書に、萩原朔太郎や、ハイネ、宮沢賢治、寺山修司の詩集があるのですが、まだ読んでいないという、お恥ずかしい限りです)

 

 

 

【評論 川島雄三論(Ⅰ)~(Ⅲ)を読んで】

 

 (Ⅰ)の冒頭から、太宰治や水上勉の名が登場して、つたないながらも文学ファンの身としては、非常に興味がそそられ、私自身は導入から読むのが楽しくて、気付いたら(Ⅲ)まで一気読みしてました。私は、川島雄三監督のことは失礼ながら、見知らぬ存在でした。しかし、今回の評論を読んで、「これは(文中にあるように)TSUTAYAに行かねば!」と思いました() 元々、映画鑑賞は好きだったので、たとえば評論から興味が湧き、その該当作品をチョイスするという巡り会いもあるのだな、と思いました。

 

 その中でも、私が刮目した文章があります。それは(Ⅰ)にある、『悲しいシーンでは、俳優のこれでもかとばかり熱演するショットを重ねなくとも、観客がストーリーの中に感情移入さえできていれば、観客は自らの生理や感情で、サイズはFSであっても自分の見たい部分は心理的にUPで見ているものである。(P19)』という部分です。これは、なるほどなぁ、と感心し、納得しました。そして、この原理は小説でも活かせるのではないかと、勝手に応用策をあれやこれや考えてしまいました。そういう時間を持てたことが嬉しかったし、また上記のような文章に出会えて幸福を感じました。

 

 

 

【「手取川」奇譚を読んで】

 

 私が大好きな文章があります。それが『静まりかえった家路をたどる。明るい台所に入った時~(P13)』の部分です。特に『明るい台所』という描写がすごい好きです。勝手な解釈ですが、きっと亡くなられた奥さんが、その台所に居て、後光を背に「おかえりなさい」と筆者に声をかけているような気がしました。

 

 今作を読んで(もちろん)すぐにネットの地図検索で手取温泉を調べました。そして(やはり)現地に行ってみたくなりました。

 

 

 

【ドイツ紀行を読んで】

 

 ただただ羨ましい! のひと言でした()

 

 本当にこれ以上、言葉が出てこなかったです。それはきっと他の読者たちも感じていると思います。ひょっとすると今回の紀行文に載せなかった部分でも、他に思い出深いエピソードが、筆者にはおありなのではと思います。もし機会があればその話をぜひうかがってみたいなぁと思いました。

 

2014.2.14 静岡県在住 J 様)

 

 

 

『「手取川」奇譚』を読んで

 

 妻の七回忌を終えた「私」が、退職した会社の友人から送られた「手取川」と言う地酒を片手に、菩提寺を訪れる話である。独りでその酒を呑むのはもったいないような気がして、寺の住職と一緒に飲むことになり、居合わせた副住職も交えて、三人で酌み交わすことになった。飲んでいるうちに「私」は手取温泉へ妻と一緒に旅行したことを思い出している。若い頃の話だ。国民宿舎のその部屋に案内し配膳を整えてくれた女性はほとんど喋らないので、つられるように夫婦も会話を閉じてしまったとある。ここが面白い。なるほどな、と思う。賑やかで陽気な女だったら、いやあここは良いところだなあと笑いあって湯に入ろうかといった和やかな雰囲気も出ようが、寡黙だと、なにか温泉の湯までねっとりしてきそうだ。数行でありながら、上手い描写である。

 

 その思い出から酒の席では「私」の妻の話になった。「私」は亡き妻にたくさん謝罪しなければならぬことを考えていて、そんな「私」に、住職は自分が大好きだった先代の父について語る。彼はもう先代の亡くなった年を越えているということで、死んだらあの世であうことができようからそれが楽しみなのです、と言うのである。人は死んだらどうなるのか、と問うてみると、住職はいともあっさりと「この体のまま、あの世に行くんですよ。これだけの体をもらって生まれて来たんですから、無くなるわけがないじゃありませんか」。ああそうか。この世とあの世は「陸続き」というわけでだから、「私」は前の世から陸続きでこの世に来て今いると言う理屈になる。となると生きていても死んでいても同じことなのだ、という思いに落ちる。たやすい論理でもあるように思われる。この場面がとてもいいのである。

 

 “第一子が生まれたとき、今、ここにこの子がいるのには、それだけの深い必然性があり、それが膨大な時間をかけて形として成就したに違いないという思いがこみ上げて来た。”

 

  遠いむかし、分娩室で泣いていた、真っ赤な小さな存在の重みとは、本人の前の世からの「無垢なる生成」をため込んでその時に開花した、小さな麗しい花であることを「私」がつくづく実感するところで、読む者が深い思いを致すところだ。

 

これは子供に限った話ではないことだろう。死んでいなくなった親はもとより、辛苦をともにした妻も「無垢なる生成」の時間を結晶して、「私」のために開花した「たった一つ」の花であることが「私」の脳裏を過ぎったのに違いない。そして一緒に生きていた時分の、妻に掛かけてしまった心身における負担について、たくさんの、心からの弁明の言葉が「私」の胸中に膨らんでくる。この膨らみは止めることができない。なぜなら妻への愛が押しているからである。

 

 “そして向こうにいる人たちにあって、生きていたときと同じように過ごすんですよ」。もしそうなら、わたしには謝らなければならないことがいっぱいある。亡くなった妻に、三回忌を終えた父に…。

 

「謝ることなんかありません。みんな許してくれるんですよ。何もかも」”

 

 陸続きの向こうにおいて、邂逅と抱擁と許しが待ち受けているのであれば、いま、ひとりでいる「私」は極めて幸福を控えている人間であろう。しかも「今、幸福である」ことにもなるのだ、と思われた。

 

短文の随筆ながら、作者の巧みな話術で、生きていることに関して「或ること」を知らされ、生きてしまったことに関して「或ること」を考えはじめている自分がいた。優れた随筆だな、と思いました。       

(2013.12.30荻野様 川崎市)

 

 

 

 貝ってだいたい海辺の片隅にひっそり散らばっているものだけれど「澪」(VOLⅡ)の表紙のさざえは違う。水色と紺碧の空の真っただ中に健やかに屹立している。このさざえの号令のもとに集められた4氏の作品は、それぞれ、言の葉が大切に扱われていることはごく自然に伝わってきます。大甘の私(異論はあるでしょう)にとっては、もうそれで充分という気がしています。

 

 たまたま何人かの作者の生を知っているせいか巻末の「あとがきにかえて」がすこぶる楽しい。(時々映画そのものよりメイキングがおもしろかったりするように)

 

 次号を心から期待しています。         

2013.9.28 横浜市在住 Yu 様)

 

  

 

 澪の創刊号と第二号を拝読致しました。率直な感想を申し述べます。まなざしはそこへむかうのですね。という不思議を感じました。きびしい世界がありました。本当は明るい方へ、明るい方へと目を向けたい自分をみつけ、これもまた不思議でした。

 

 以上が、作品全体から受ける私の印象です。抽象的になり、申し訳ありません。今後も同人皆様のご健闘をお祈り致します。            

2013.7.26 神奈川県大和市在住 主婦 J.I 様)

 

 

 

石渡均氏の「川島雄三論」について

 

  文芸同人誌「澪 MIO」紙上に連載中の「川島雄三論」、初回、二回目とも大変面白く読ませていただきました。

 

 川島監督の名前だけは知っておりましたが、実は、その作品を劇場で実際に観たことはありません。唯一、「飢餓海峡」のみは劇場でか、放映によるテレビの画面でか、判然としませんが、観た記憶があります。主演の三国連太郎の風貌が強烈だったという印象しか残っておりませんが。

 

 第二次大戦の終戦後二、三年して小学生となった私と同世代の多くの者たちにとって、小、中学から高校に至るまでの間、最大の娯楽と呼べるものは映画でありました。日本中に、映画ファンが溢れていた時代が確かにありました。

 

 去年の雪今いずこなどと言葉を飾って思うのは見当違いかもしれませんが、「雄三論」を読みながら様々なことを思い浮かべさせられたのは事実です。

 

 映画館に実際足を運び、適当な大きさの画面と優れた音響効果を有する設備を配した空間の内で、落ち着いて映画を鑑賞する、これが現在の映画ファンの必須要件だとするならば、映画ファンのひとりでなくなってから随分久しいなあと思わざるを得ません。

 

 さて、川島監督作品を観たこともなく、もはや映画ファンでもないと自認している小生が、なぜ石渡氏の「川島雄三論」についての感想なぞを述べているのか。他でもない、石渡氏の文章が面白いからです。

 

 作品に対する知識の有り無し、映画製作上の用語に対する理解の有り無し、ひっくるめて、映画全般に対する知識が乏しくても面白く読めるように文章が工夫されているからであります。

 

 無論、それだけではありません。石渡氏の川島監督への思い入れ、洞察、映画製作にたずさわる職人技を持つ人たちへの考察、他方、終戦から現在に至るまでの日本の社会が辿った歴史のありようの一部が、ごく自然に見えてくるように書かれているせいでありましょう。

 

 初回を読み終わってすぐ、この作品は、単行本の形で読みたいなという気がしました。その気持ちは今も変わりません。(2013.7.21 横浜市在住 T.M様)

 

 

  気になった作品は二つ。

 

「大宴会」は次第に高まる音と去りゆく波の音の合間に死者たちが集まって宴会をしていることが読める。楽しみながらも彼らは悔しいと恨みを述べ帰りたい(現世へ?)の声が宴席の賑わいに紛れているのを読むと、3.11だけではない自然災害という悲しい天運の為したことの巨大さは、死者の宴にも鎮魂しない厳しさを伝えている作品だ。風化の問題が叫ばれているが、せめて文学の世界ではそのようなことはあり得ない。そうした創作家の態度のひとつの源があらためて突きつけられているように思えた。

 

 「暗渠」は定年前の教師が過去の街をさすらう話である。彼の過去は或る悔恨に、いま、満ちているようだ。それはかつて捨てた自分の父のことなのだが、偶然に出くわした認知症の老人とダブらせている。老人は老人の息子と取り違えていて、主人公もそれで良しとしている。老人を家まで送り届ける彼は暗渠を見ているわけだが、この意味が今一つ不明だ。いくら代役の人を見立てても、過去の自分と父親の関係は取り戻せない裂け目だとでも言うのだろうか。

 

 カフカは「日記」で、我々は過去と未来を均衡させており、未来は容積において過去は重量において、と。そして過去の青年期は円環して未来に戻り未来はすでに経験済みなのだと閉じた円の思考に持ち込んでいる。こうしたある意味では悲惨な時間のとらえ方もあるけれども、それは日記という極限の内省の形式でしか現象しないことであるにしても、小説の形式であるのなら、暗渠があると言い終えて完了してしまうと、どのようにその暗渠を公一は眺めているのかが読みたいということになる。カフカのように表現する時間の暗渠もありうるわけで。

(2013.03.17荻野様 川崎市)

 

  

 

 ー「川島雄三論Ⅰ」を読んでー

 

 川島雄三というと「幕末太陽博」が思い浮かぶ。

 

 江戸の粋を感じるおしゃれなセリフ回しや、テンポの良い映像表現から、エネルギッシュな喜劇作家としてのイメージが強かった。しかし、本書で展開される川島雄三論は、「飢餓海峡」という重々しい章題と本書の挿絵の寒々しいイメージから始まるとおり、川島雄三の喜劇作家としての一面や、前衛的な映像作家としての姿とは全くかけ離れた、憂愁に満ちた一人の人間としての素顔を、川島の作品群と照らし合わせながら、じりじりと浮かび上がらせていく。東北の僻地で、裕福な商人の家系に生まれたものの、その故郷や血族のしがらみと決別し、大都会に憧れを抱き、病に蝕まれながらも喜劇作品を追求した川島のアンビバレンスな心情に想いを巡らせると深い感慨に陥る。 「幕末太陽博」にも、そこはかとなく、死や終焉といった要素は感じられたが、本書を読み納得がいく思いがした。 しかし、本書の中で、「食欲」や「排泄」といった著者の独特の着眼点で分析されているように、川島作品には、生を肯定する表現が満ちているというところに川島雄三の人生讃歌の人間観を垣間見、救われる思いがした。最後に、本書を読み「生きていくのは恥ずかしいことです」という川島監督の名台詞を思い出した。     

M.R. 様  神奈川県川崎市 20代男性)

 

 

 

 やたらと本は読みますが、同人誌は初めてでした。

 

大宴会 追悼(詩)は賑やかなのに霧が立ち込めている感じが、母に連れられて里帰りした時の囲炉裏のにおい。川島雄三論 映像の知識が皆無でも興味深く読んだので、日本映画に関心をお持ちの方なら嬉しくなっちゃうんじゃないんでしょうか ( )ホゥ 

 暗渠・ポオの美について など、読み応えが有りました。

 まとめ・同人誌って凄いのね!

2012.12.24 Kaze-Dollyk 様 KLAY Art ブログより)

 

 

 

「東京大空襲被災記」(島田昌寛)

 

 戦争が終わって(むろん「敗戦」という意味で)人間同士の殺戮し合う恐ろしい事実は、日本には無い。平和と戦争は一枚のカードの裏表だけど時間の風が吹き続けて砂の中へ埋もれていくようだ、と錯覚するほどの現代日本だ。人災も天災も尊い人の命が大量に奪われるから、平和とはとても代償が高くつく血塗られた概念であるということかもしれない。じっさい   

 東京大空襲が歴史の教科書にすら登場しなくなるのではないかと恐れるくらいに今の時代は平平凡凡を偽装し続けている。この作品は、そうした砂の中に埋もれていくことを拒否する一市井の人間の発言だが、空襲の無差別殺人の下、逃げ惑う様子を的確にとらえた好エッセイである。偽装し続ける人々はこのような作品を恐れているのである。血塗られて美しくもない平和がまるで見えないから。

 

 

 

 さて作品では、「空襲」を主人公の少年の「私」は三月十日の夜に初めて体験する。「私」は校庭に逃げるが、たちどころにあたり一帯に火の海に出会う。目的地の無い逃走の「私」の眼の前を飛んでよぎったぶ厚い鉄板は、「私」の首を切断したかもしれない。偶然の上を滑空していった死の瞬間がさっと描かれる。なんという不安と恐怖であることか。

 

 やがて空襲が終わると一面の焼野原に、方角が分からないという恐怖に見舞われる。現代人には山岳遭難以外には体験しない恐怖である。夢中になって歩き回るうちに焼け落ちた我が家の前にたたずむ弟を背負った母、やがて兄弟が戻って来る。空襲は何度も行われ、「私」は死体の群れの中を彷徨しているというこの世のものとは思えない現実のひとつひとつを、画家でもある作者は絵を描いて表現を続ける。この絵がなんとも凄いものだ。その数枚の挿入画は凄惨な小説世界を見事に支えている。でも時間の砂の中におぼれつつある過去になってしまう世界でもあり、読者は読後感想を通じて、その膨大な過去を掘り返さなくてはならない力を、この作品に感じたのである。

 

 

 

「日本の戦争」は想像上の出来事になりつつある。でもそのような事態に対して文学が厳しく存在するといってもおかしくない、そんな「平和の時代」に、このようにして市井からの厳しい読物が、したたかに同人誌活動において在ることは、とても大切なことだと思うし、言い換えれば同人誌の役割とか価値を、強烈にアピールするものであると言える。

 

 

 

「おかわり」(大城 定)

 

 現代日本の抱える、深刻な社会病理現象である「おれおれ詐欺」と「孤独老人」を取りあげた、アクティブな小説であり(すなわち真の意味で現代的な文学でもあり)、しっかりとした構成と着実な筆致で、ぐいぐいと読者を社会病理の現在性に引きずり込む。

 

 ヒロインは房江と言う八十手前の、古い一軒家に独りで住んでいる老女である。半世紀前に病気で夫を失い、一人で一人息子を育ててきた。一人息子の和真はとうの昔に家出していない。行方不明なままだ。彼女はひとえに和真に会いたいと願っている。大切な年金を詐欺に引っかかって失うという目にあっているが、本人はその実感がない。手渡した「受け子」の役割の男は十代の孫のような若い男だった。そこまで記憶はしっかりしているが、後はよくわからない怖さで、家に鍵をかけたものかどうか、思案している。(家に鍵をかけないという下町の付き合いの癖でそのままになっている。ときどき民生委員の小山と言う女が訪ねるばかりの今なのである。)

 

 詐欺にあってから房江の様子は、自分が思いこんでいる世界と現実の世界の混淆に振りまわされていて、そのあたりの様子を作者は巧みにとらえて小説を進めていく。

 

 或る日、地震のせいで家が揺れ、その瞬間に房江の脳裏に防空壕にいた戦時下の体験が挟み込んでき、防空壕へ向かう両親と兄のことが思い出され、なんとかしなければと思ううちに、見知らぬ男が目の前にいて、大丈夫ですよ、と彼女を慰める。でも彼女は茫然としたままだ。房江は死を意識していた。

 

 

 

“房江は今、死んでもなお彼女を励ましつづけてきた彼らの存在を身近に感じていた。すでに死んでしまった人がこちらの生身に寄りそうなら、こちらで死ぬ人は、あちらで嘆く人の冷たい肩を抱きにいくのだろうか”

 

 

 

 揺れる家に一人、心細く、怯える老女の心理を、巧みに伝える文章に導かれて、読者は房江の不安を共有しはじめる。これは他人ごとではない、誰かの可能性のことを言っている、と。

 

 見知らぬ男がどういうわけか、彼女が眠りこんでいるうちに家に上がり、房江を励まそうとしている不可解な展開にいることを読者は考える。

 

 男は、私は人を欺く人間ではないということを優しい口調で説明して、冷蔵庫を開け料理などを始める様子で、なんと房江の大切な、貯金通帳と印鑑を入れたバッグを抱えているではないか。出て行ってと叫ぶと、くそ婆、と面罵して男は退散していった。また意識は朦朧としはじめ、追い出すために握った包丁が手の中にあることを知り、死への誘いをぼんやりとではあるが再度感じ始めたときに、幼馴染の佳代が訪れる。乱れた室内を改めて、佳代に房江は混乱して誰なのかが分からない認知症寸前の所作を始める。ここのくだりを、作者はじつに滑らかに、なだらかに描写するので、恍惚とか初期認知の状態はこういうものなのかと想像させられる。行方不明の息子のことを何度も繰り返す房江に佳代は、和真はすでに死んでいることを告げ、納得させ、そうこうするうちに房江は正気を取り戻して、夫を亡くした佳代が一緒にこの家で生活しようと提案し、房江も承諾する。料理をはじめる佳代を見て房江は歩く練習をしている。すると電話の鳴り響く音が聞こえた。詐欺に陥れる勧誘だ、と二人はとりあわない。平安な雰囲気に小説は終わる。

 

 

 

“人生は、おかわりはできない”と二人は言う。

 

 まだがんばって生きていく、つまり、食べていくのだという意味で、たった一回だけ現在の時間をおかわりするという意味なのであろうか。あるいは失われた過去を「おかわり」するのはやめて、しっかりとまだ残されている時間を生きていくと言う意味で、今の時間をおかわりするということなのであろうか。

 

 

 

 老人の孤独を真っ向から向き合った小説。できれば誰しもが目をつぶっていたい問題が、虚構(現実的予測、想像など)においてあざやかに表象されてくるのを、例えばこういう文学の本性が手伝うことにより、押しとどめることはできないのではないだろうか。それが想像力の<>の実効性、怪しき予断ともいうべきものとも思う。

 

 読みたくないと思っても、現実と空想が虚構以に、真実に満ちた予言で説得しにかかってくる。この小説はその予言なのである。いま游塵になりかけている職業作家たちの失いかけつつある視座を作者は持っており、予言としての文学の、一つの可能性を確信しているように感じられた。力ある作品だなと思う。

 

 

 

フォトレター 仏が浦(松林 彩)

 

 不思議な石に満ちた海岸の写真は、別世界を見るようだ。この表現は斬新な方法であるとびっくりしたし、作者の独特な字体が現実感の彩を添えている。印象深い表現だと感心してしまった。

 

 “この奇岩群とひとつの身体がここにあることは何を意味するのでしょう”とつぶやく作者の一文がとてもいい。単純に、この世ならぬ自然と、向かい合っている私と言う一人の一体化ではつまらない。ヒントは「ひとつ」という言葉であろうか。一つと多、狭小のわたしと雄大な岩の多の関係は、どうしたってやはり「自分」なのか。しばらく考えていた。

 

(関東文芸同人誌交流会掲示板 投稿者:荻野央  投稿日:2014710日(木)